「泣くことでしか伝えられないこと」〜教師と子どもはいかにして繋がることで互いに学んでいくのか【西岡正樹】
その業(わざ)があまりに速すぎて、聡には何が起こったのか分かりません。一瞬、聡は静止画像のように立ち尽くしました。そして、ボールを持つ悟に気が付くや、
「どうして僕のボールを取るんだー」
聡の声が運動場に響き渡りました。
聡の心の中に溜まりに溜まっていた、あの「悔しさ」はあまりに大きく、心の中に収まることはできなかったのです。聡は泣きながら悟に掴みかかりました。運動神経が良く足の速い悟は、すばやく聡と距離を取り、安全な所に身を置きました。それでも、聡の気持ちは収まりません。聡は泣きながら砂を掴み、それを地面に向かって投げつけたのです。そして、再び、
「悟はどうして僕のボールを取るんだ? ボールを寄こせ」
泣き叫んだのです。
聡のドッジボールは、ここで終わりです。
その一部始終を見ていた私は、いつも泣いてしまう聡の気持ちが、少しだけ分かった気になりました。
一人、みんなから遅れて教室に戻っていく聡がいました。すでに「朝読」は始まっています。運動場から昇降口にやってきた聡を待って、私は声をかけました。
「聡、ちょっとおいで」
「・・・」
「どうして、こんなに遅れてきたんだ?」
「嫌なことがあったからです」
下を向き小声で話をする聡から目を離さず、私は話を続けました。
「どんなことがあったか、話をしてごらん」
すると、聡は、私が見ていた一部始終とほとんど変わらない出来事を話してくれました。しかし、聡の話の中に、私が見た様子とひとつだけあきらかに違うことがありました。
聡は悔しそうに
「悟が僕のボールをとったから僕がボールを投げられなかった」
と言ったのです。
「聡、先生はみんながドッジボールをやっているのをずっと見ていたんだよ。知っていただろう。確かに、聡の方が悟よりボールに寄るのが早かったね。でも、悟は聡からボールを無理やり奪ったんじゃないぞ」
それでも、聡の話は続きます。
「悟は何度もボールを投げているのに、僕の方がボールに近かったのにボールを取った」
「それはそうだ。投げたかったのに投げられなかったのは悔しいな。こういう時はどうすればいい? 悟はどうしたら良かったのかな、聡はどうしたら良かったんだ?」
「悟は何回も投げたんだから、投げていない人に譲ってあげたら良いと思う」
「そうだな。聡はそれをみんなに話せるか」
「話せます」
「それじゃあ、ドッジボールをやっていた人たちを集めるから話してごらん」
私はドッジボールをやっていた子どもたちを集め、朝の遊び時間に起こったことを一人ひとりに聞きました。同時に、その時聡がどんな気持ちでいたのか、聡にも話してもらいました。「これから同じようなことが起こらないようにするためにはどうすればいいのか」その課題解決するための時間が必要です。子どもたちもそれを望んでいます。その時間を子どもたちにあげることにしました。ドッジボールをやっていた子どもたちは、すぐさま、隣室に移動したのです。